最高裁判所第一小法廷 昭和56年(オ)498号 判決 1981年10月08日
上告人
西島俊之
上告人
西島容子
上告人
西島繁
上告人
西島愛子
右四名訴訟代理人
下光軍二
外二名
被上告人
露木一馬
被上告人
露木ちよ子
被上告人
露木勲
被上告人
磯野ふみ子
被上告人
佐藤悦子
被上告人
伊東市農業協同組合
右代表者
稲葉一雄
右六名訴訟代理人
大橋堅固
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人下光軍二、同鈴木真知子の上告理由第一点について
判旨交通事故により死亡した幼児(当時満八歳の女児)の将来の得べかりし利益の喪失による損害賠償額を算定するにあたり、賃金センサスによるパートタイム労働者を除く女子全労働者・産業計・学歴計の表による各年齢階級の平均給与額を基準として収入額を算定したとしても、交通事故により死亡した幼児の将来の得べかりし収入額の算定として不合理なものとはいえないこと、及び右得べかりし利益の喪失による損害賠償額を算定するにあたり右平均給与額の五割相当の生活費を控除したとしても、不合理なものといえないことは、いずれも当裁判所の判例の趣旨とするところであり(前者につき最高裁昭和五四年(オ)第二一四号同年六月二六日第三小法廷判決・裁判集民事一二七号一二九頁、後者につき同昭和四三年(オ)第六五六号同年一二月一七日第三小法廷判決・裁判集民事九三号六七七頁各参照)、ライプニッツ式計算法が交通事故の被害者の将来の得べかりし利益を現在価額に換算するための中間利息控除の方法として不合理なものとはいえないことも当裁判所の判例とするところであつて(最高裁昭和五〇年(オ)第六五六号同五三年一〇月二〇日第二小法廷判決・民集三二巻七号一五〇〇頁)、これと同旨の原判決に所論の違法はない。論旨は、違憲の主張を含め、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決の損害賠償額算定の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
同第二点について
慰藉料の額は、裁判所の裁量により公平の観念に従い諸般の事情を総合的に斟酌して定めるべきものであることは当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和五一年(オ)第九五二号同五二年三月一五日第三小法廷判決・民集三一巻二号二八九頁)、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて原審の算定した慰藉料の額が著しく不当なものということはできない。論旨は、違憲をいうが、その実質は原審の裁量に属する慰藉料の算定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 本山亨 谷口正孝)
上告代理人下光軍二、同鈴木真知子の上告理由
東京高等裁判所の昭和五五年一一月二五日言渡のあつた本件判決は次に述べる通り、憲法一三条、一四条に違背し、かつ理由不備理由齟齬の違法があるものであり原判決中上告人の敗訴部分を取消しのうちさらに適法な判決を求めるものである。
第一、逸失利益について
逸失利益の算定は現在無職の未成年者の場合賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、男女別年齢平均の賃金額を基礎としている。
しかしながら男女の賃金には著しい格差がある。平均的年収にして男子の三一五万六六〇〇円に対し、女子は一七一万二三〇〇円である。(昭和五四年センサス)
そして右格差は一つは男女の賃金差別から生まれているが、女性に対する差別撤廃条約の調印により、是正が求められているのである。また男女の賃金差別を違法とした判決もなされているし、男女雇用平等法制定の動きも活発である。また右格差のもう一つの理由として考えられる女性のみにかかる家事育児の負担もあるが出産給付等の社会保障、保育所等の社会施設の充実、男女の役割分担の認識への変化が将来にわたり予測され格差が縮まることが考えられる。したがつて将来もこの格差が続くとは思われないし、また右格差を逸失利益に反映させることが男女差別として憲法一四条に違反する。
さらに家事育児の負担による格差が家事労働分として評価されるべきものでもある。
従つて逸失利益は男女の格差をなくす方法で算定されるべきである。原判決は家事労働分として年額六〇万円を認める外、通常一八歳とされている就労の始期中学校卒業時の一五歳とするなどの努力がされていることは認められる。しかしながらそれでも男女労働者の場合年収三一五万六六〇〇円で一八歳から六七歳まで稼働すれば(但し生活費五割)ライプニッツ方式で逸失利益は約一七六〇万円となる。従つて二百万円の差が生じている。
右差は慰謝料で考慮されているとはいえ、本来的には逸失利益で考慮されるべきであつて次の点につき考慮されるべきである。
一、生活費の控除の点について
生活費の控除率は一審判決は三五%としている。上告人は訴訟では年間賞与等からは生活費を控除していないので全体とすれば年収の三五〜四〇%の控除を主張したものである。原判決(二審判決)が生活費の控除率を五〇%としたのは多すぎ格差是正の点から考えて妥当でなく理由も不備である。
二、中間利息控除の方法について
原判決は逸失利益の算定につきライプニッツ方式を採用した。最高裁判決は、ライプニッツ式とホフマン式の問題につき、ライプニッツ式も不合理なものとはいえず中間利息控除の方法として不合理なものとはいえないとしているが、そもそもどちらをとるかについて定説あるわけでなく、損害の公平な負担という見地から、具体的事案に応じてそれぞれの選択がされるべきものと思われる。
一般論としてライプニッツ式よりホフマン式を採用すべき理由としてはこの方式の方が現在価額が大きくなり被害者救済の機能を果しうること逸失利益の算定につき逸失利益の算定の基礎となる収入、生活費、就業可能期間等について蓋然性による認定をしながら、中間利息の控除のみを厳格にすることは全体の調和を失すること、毎年物価が騰貴し。貨幣価値が下落する傾向にある現状では賠償金を利殖の元本として運用することは実際上困難であり、仮に複利による利殖の運用ができたとしても物価の上昇を考えると実質上の利殖は期待できないこと、遅延損害金が単利法で算定されることの均衡論などがあげられる。
原判決でも慰謝料増額の根拠として本邦において将来にあつての顕著な各自賃金の上昇、貨幣価値の下落の傾向をあげている。さらにライプニッツ方式は算定上きわめて控え目な数値をもたらすことをあげているのである。
また原判決の逸失利益の算定の基礎たる収入はベースアップを考慮しているわけではないし、物価変動も考慮していないのである。とすれば慰謝料とは別にまず逸失利益の算定において右の理由及び男女の不当な賃金格差の是正という点からして本件についてはホフマン方式を採用するのが具体的に公平妥当でありライプニッツ方式は公平妥当とは言えないものである。
第二、慰謝料について
交通事故の慰謝料は、ほぼ定額化されており死亡の場合全体で六百万から一千三百万円、子供は七百万円から一千万円を目安とすることになつているようである。
原判決は一千二百万円という右基準からすると子供の場合としては高い慰謝料であるが、一審判決の金額を増額した理由としては被上告人一馬の過失の態様も一応考慮しているようであるが、逸失利益の男女格差等の是正がおもな理由と考えられる。
しかしながら、現在の慰謝料は概して低額すぎる上に、定額化された中での算定は、憲法一三条にある個人の尊重に違背するものである。
本件のように、加害者の過失が故意に近いものである上、被害者の死亡が家族(上告人ら)にどのような悲嘆を与えたか(被害者の誕生までの経緯や被害者め子供としての将来の期待できる資質、善良な性質、事故の時の交通法規を尊重していた等の態度)を考慮した場合、それだけで原判決の判決額以上の慰謝料が認められるべきである。
従つて原判決の慰謝料の額は低額にすぎ、憲法一三条に違背するものである。